野田成方『裏見寒話』巻之三より

笛吹川の獺

 笛吹川には「獺」がいて、人を取るとの言い伝えがある。
 愛宕町の所右衛門という者が、猟に行く途で笛吹川を渡るとき、にわかに波が起こって、獺が追ってきた。
 岸上に逃げた所右衛門は、なおも追い迫る獺を、鉄砲で撃ち止めた。子牛ほどもある大物だったそうだ。
 この獺は「川ヲソ」または「川ウソ」といい、言い伝えとはちがって、元来は人を取るようなものではない。
 人を害するのは「川太郎」で、「河童」ともいうほか、さまざまな名で呼ばれるものだ。

 「獺は猫のごとくして、水に居り、魚を食す」という。川水にいるのが「川ヲソ」、海水にいるのが「海ヲソ」だ。
 「鯔(ボラ)」の年経たものは獺になる。鯔から化した獺は、腹中に臼のようなものがある。いっぽう、獺の子には臼がない。
 獺は、魚以外のものも食う。
 夜分、川舟の停泊しているのに乗り込んで飯を盗み食いすることが、江戸では時々あって、船頭が打ち殺したという話をよく聞く。
あやしい古典文学 No.1779