『談笈抜萃』上より

毛の生えた熱いもの

 京都下立売通り小川南東角の鍵屋何某という人は、諸方の大名家の御用を達して、京都一番の金持ちであった。

 鍵屋に幼少より召し使われている腰元の中に、八重という者がいた。生まれつき淑やかな性質で、才知も人に優れ、品行も申し分ないから、主人の気に入り、大勢の腰元の中で腰元頭を勤めた。
 すでに三十二歳になるので、別家した手代の内で相応しい縁を求めて嫁がせるのがよかろうと、いろいろ聞き調べ、支度もおおかた調った。
 そのように鍵屋の使用人の手本となっていたのだが、明和四年春ごろから、ただならぬ身となった。しだいに腹が膨れてきたので、主人も大いに驚き、一家じゅう「日ごろの実直さに似合わぬ身持ち」と、一度に愛想を尽かしてしまった。
 主人は、贔屓の女だから、世間の噂にならぬうちにと、とりあえず八重を親元へ預け置いた。
 両親は「相手の男は誰か」と日夜尋ねたが、八重はいたって操正しい女であって、まったく身に覚えがないと言い張った。
 しかし、そうはいっても懐妊しているのだから相手があるだろうと、誰もが疑っていろいろ言い合っているうち、ついに月満ちて、三月十四日に誕生を迎えた。
 生まれたのは、大きさは茶道具の火入れほどで、芝栗のようにいっぱい毛の生えた、どこが頭やら尻やら知れないものだった。なにより大変熱気の強いもので、手も当てられないのだった。
 皆いよいよ驚き、あらためて何があったのかと尋ねた。すると八重は、
「これは私の因果でございましょう。ある夜のこと、夢ともなくうつつともなく、一人の美僧が来て、あれこれと口説きました。私は夫と定めた人のほかに身を許すつもりはありませんから、相手にせずに拒みますと、僧はすごすごと帰りましたが、その後またとろとろとまどろんだとき、かの僧と交わる夢を見て、驚いて目覚めました。しかし、あたりを見回しても誰もおらず、つまらない夢を見たものだと思いました。これ以外に、男と交わるようなことは全くしておりません」
と、涙を流しながら言ったそうだ。
あやしい古典文学 No.1783