中村満重『続向燈吐話』巻八「狐、人を焼殺す事」より

焼け死んだ男

 麻布御箪笥町の端に、旗本渡辺氏の屋敷がある。そこの家来の筆頭に、九郎左衛門という者がいた。
 元文二年、渡辺一族の某家が青山長者丸という所に屋敷を拝領し、引き渡しの日が来たので、受け取り役を九郎左衛門に頼んだ。
 首尾よく受け取りが終わり、夜になって九郎左衛門は帰っていったが、それきり何処へ行ったか、屋敷に戻らなかった。
 渡辺氏と某家とが、手分けして方々尋ねたけれども、行方は知れなかった。
 四五日して、九郎左衛門は迷い足で、近所の酒屋に入ってきた。捕らえて屋敷に連れ帰り、いったいどうしたのかと問うと、
「異人に山野を連れ回された」
とだけ答えて、そのまま正体なく打ち伏した。手足は茨で傷だらけで、衣類は土に汚れていた。

 その後、時として戸外へ駆け出し、あるいは壁に向かって誰に対するともなく語り、あるいは主人に悪口を吐いたりするので、屋敷の内に置いておけず、九郎左衛門の伯父で武州稲毛領沼部村に住む者のところへ預けた。
 そうしたところ、元文三年七月下旬のある日、家内の者が農作業で出かけた留守に、白昼家に火をつけ、わが身もともに焼け死んだ。
あやしい古典文学 No.1786