根岸鎮衛『耳袋』巻の十「土中より鯉を掘り出せし事」より

鯉を掘り出す

 幕府の御用絵師に、板屋敬意という者がいる。
 敬意は誰かから梅の鉢植えを貰い、三年ばかり育てていたが、その梅を地面に移し、鉢にはほかのものを植えようと思って、梅を土ごと抜き取ったところ、黒い炭のようなものが土塊の中から出てきた。
 少し動くので、しばらく置いておいたら、眼・口のようなものが出来た。「もしかして魚かな」と思い、なおも一間に入れておいたところ、まったくの鯉の形になって、尾びれも動いた。水に入れたら元気に泳ぎ回り、普通の鯉となんら変わらなかった。
「潜竜の類かもしれない。海か川に放してやるのがよい」
と、年長者などが言うので、桜田あたりの御堀に放したという。

 文化十年のことである。
あやしい古典文学 No.1797