木村蒹葭堂『蒹葭堂雑録』巻之二より

出羽国毒虫の説

 出羽国秋田藩領雄勝郡で、夏の暑い時分、毒虫が出て人を刺す。蚤に刺されたような痕が残って、大熱を発する。まれに治癒することもあるが、七八割の人は三日と経たぬうちに死んでしまう。
 この虫のために、毎年数人が必ず死ぬ。虫が出るのは、川に沿って三四里にわたる土地だ。住民は恐れて、虫の出るところで働かなくなり、あたりの田んぼは大いに荒廃した。
 郡奉行は憂慮して、たびたび手を尽くし、心を尽くして治療法を探し求めるのだが、誰もそれを知らないのだという。

 『本草綱目』に載る「沙虱(すなしらみ)」が、この毒虫によく似ている。
 その条には、「沙虱のいるところを見つけたら、火をもって炙ればよい。虫は火に追われて去る、云々」とある。しかし、これによって虫刺されが治癒するわけではなさそうだ。
 ある人が言うには、
「水辺三四里に限って毒虫が生ずるのは、わけがある。水上の高松村の近辺に硫黄山があり、硫黄の毒水が流れて酢川村の川に入る。流入によって水の味が酢のごとくなるので、酢川という名がついた所だ。この酢川の水が、大河に落ち合って毒虫を生ずるのではないか」と。
 ちなみに、『本草綱目』に依拠して、治療に萵苣(ちしゃ)の汁を用いたが、効果がなかったと聞く。
あやしい古典文学 No.1813