藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第六十より

尻突き

 安政三年九月中ごろから、駒込あたりで、夜中に女の尻を突く事件が頻発した。
 世間では、「魔道の者が、千人の生血を取ってキリシタンの邪法を行う」とか「外科の医者が、生血を難病の奇薬に用いるのだ」などと、もっぱらの評判となった。
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 九月十九日夜、駒込竹町に住まいする長唄三味線師匠の杵屋小六が突かれた。
 九月二十四日か二十五日の夜、白山下の畳屋市郎兵衛の娘十八歳が、白山浄心寺坂下にて尻から前へと突き抜かれ、重傷。十月十日夜、また女が突かれ、なんとか逃げおおせたものの、着物が損じて疵から血がおびただしく出た。これにより界隈では、夜分に女湯に行く者はいなくなった。
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 十月六日夜、小石川御箪笥町にて、二十歳くらいの丸髷女が突かれた。
 十月九日夜、本郷御弓町にて、なぜか二十五六歳の男が突かれた。
 十月十日夜、千駄木上町では、尻を突きそこなってミミズ腫れになった。これにより、森川宿の剣術家岡田十内の弟子たちほか大勢が、周辺一帯を捜索した。
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 十月十日ごろ、五人ばかりの犯人が召し取られたらしい。発頭人は医者だとも、女だともいう。これまで七十五人ほど突いたそうだ。
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 十月十二日夜、牛込原町にて、また女が突かれた。同町では、それ以前にも二人ばかり突かれたとのことだ。
あやしい古典文学 No.1815