渡邊政香『今昔参河奇談』「天狗漁猟」より

天狗の漁猟

 碧海郡・幡豆郡の西の海には、古い言い伝えで「天狗の漁猟」ということがある。
 「龍燈」と呼ばれる怪火は海上に幾つも現れるが、この「天狗の漁猟」は一つ二つ見えるだけだ。
 しかし、漁人たちが笑声を発し、あるいは大声で話したりすると、火はたちまち船の傍らにやって来る。
 その火影を窺い見るに、鼻の高い異人や顔の赤い異人の姿がある。
 これに遭った時には、草履か草鞋を頭に載せて船底に身を伏せなければならない。あるいは早々に船を返して漁をやめるのがよい。
 漁人たちのあいだで、昔からはなはだ恐れられてきた火なのだ。

 『三河柵補松(みかわさんぽのまつ)』に、「天狗の漁猟」の記事がある。
 東三河辺では、雨の夜に高山から提灯ほどの火が出て川端に寄り、その火が数百に分かれて夥しく見える。これを「天狗の漁猟」といい、伊勢の「悪路神の火」と同じだ、と。
あやしい古典文学 No.1818