上野忠親『雪窓夜話抄』巻之七「玉桂の話河童の事」より

柳川の河童

 興禅寺の僧 玉桂は、筑後柳川の生まれである。
 玉桂の話によれば、河童というものはどこの国にもいるらしい。中でも九州に多く、ことに筑後の柳川に多い。柳川では、径わずか二三尺の水溜りがあれば、水の多少・深浅にかかわらず、その水中に棲むそうだ。
「河童を見たことがあるのですか」
と尋ねると、
「柳川の人で、河童を見たことのない者などいない。真昼間から出て、人の居る家の内にも駆け上がり、あっちこっちと我が物顔で歩き回る。その体つきは五六歳の小児のようで、風貌は猿に似ている。平板な顔で、丸い目が明星のごとく光る。全身に、赤黒く短い毛が生えている。とにかく、普通の獣類ではない。人の目にちらと見えて、それをさらによく見ようとすれば影も形もない。しかし、見ぬふりをしながら観察すれば、たしかに見ることができる」
と答えた。
「それほどまでに人を恐れず、屋内を徘徊するのであれば、人に害をなすこともあるのでは?」
という問いには、
「昔から、身分や暮らしが並以上の人に害をなした例はない。とりわけ刀を差した人には、恐れて近寄りもしない。ひどく賤しい者に害をなした話はあるが、それも、ごくまれなことだ」と。
あやしい古典文学 No.1819