井出道貞『信濃奇勝録』巻五「山蟹」より

蛇を狩る蟹

 信濃国秋山郷の山深く、山陰に大蟹がいる。
 「山蟹」と呼ばれるもので、実際に見た人の話では、
「長さ六尺ばかりの蛇が、頭を上げること三尺、尾を曳くこと三尺という格好で疾走していくのを、甲羅の大きさが一丈二尺ほどもある山蟹が、雑木の上を飛鳥のごとく翔けて追っていった。
 驚きで総身の毛がよだち、それでもどうなるのか気になって、ひそかに後をつけ、樹の陰から窺い見た。
 屹立した岩壁の端に至って蛇は逃げられず、ついに蟹に捕まった。蟹は片方のハサミで蛇の頭を挟み、もう一方のハサミで五寸ばかりに切っては喰い、切っては喰いした」と。

 これは洞源山の老和尚が、
「山蟹のことは北越で数人から聞いたが、どの説も同様だった」
と言って語ったことである。
 西国の「沢蟹」というものも、甲羅の径が二三尺から一丈以上にまでなるといわれる。同物であろうか。
あやしい古典文学 No.1822