阿部正信『駿国雑志』巻之二十四下「異獣」より

雪童

 駿河国安倍郡薬沢村の六兵衛と上田村の彦右衛門は、どちらも木挽きを生業とし、七ツ峰の東に小屋を造って住んでいた。

 明和元年十二月のある雪の夜、連れてきていた犬がしきりに吠え、何かは分からないが小屋のまわりをどたどた巡る音がした。
 六兵衛は生まれつき臆病なので大いに恐れ、彦右衛門を揺り起こした。
 彦右衛門は平気で、
「深山に怪があるのは常のことだ。気にするな」
と言って、また寝入った。
 しかし、戸外の音はいよいよ高まり、犬はさらに激しく吠え、その響きで釣ってあった材木三本が落ちた。
 さすがに彦右衛門も起き上がり、外へ出てみると、子供の足ほどの足跡が積雪にびっしり残っていた。
 翌日、二人が小屋を出て、大日嶺の方へ向かう途中、同じ足跡を見つけた。一枚草履という場所まで続いて足跡は絶え、ついにその主の姿を見ることはなかった。

 これは、雪の精髄が凝集して怪をなしたものである。
 山間に住む人々は「雪童(ゆきわ)」と呼び、西河内の奥藁科あたりでは、よくあることだそうだ。
 世にいう「雪女」の類でもあろうか。
あやしい古典文学 No.1834