『宗祇諸国物語』巻五「岩上の人面」より

岩上の人面

 山路をたどる旅で、不案内で尋ねる家もないときは、草結(くさむすび)を頼りに行く。草結とは、芝の枝を括って後から来る人の道しるべにするもので、それをたどって歩き、また新たに結び添えて通る。

 南へ向かって、焼山というところにかかった。
 ここは最近まで木々がむやみに生い茂っていたが、茂りすぎて枝と枝が擦れあい、生じた火が山全体を焼き払った。それゆえ、草結の印もない。
 先に通った里で聞いたままに、右に行き、左に回り、いくつかの難所を越えて、また一つの山に入った。いつしか踏み迷い、来た道は遠く行く道は絶えた場所で、呆然と立ちすくんだ。
 そこに、熊のように真っ黒な男が、大弓に大雁股の矢をつがえてやって来た。狩人らしかった。嬉しくて歩み寄ろうとすると、男はぎょっとした様子で、
「ここは人の通うような所ではない。化生・変化の類が、わしをたぶらかそうとするのだろう。正体を見せい。さもなくばこの矢で射殺すぞ」
と、腕をまくり、気色ばんで弓を引き絞った。
「いやいや、そのような類ではありません。かくかくしかじかの者で、山道を踏み迷ったのです。ほんとうです」
 懸命に説明すると、弓弦は緩めたものの、なお警戒する様子だった。気持ちを込めて詳しく話して、やっと信じてもらえた。
「人里へ行く道を教えてください」
と頼んだところ、
「少し待たれよ。教えても、一人で行ったら迷ってしまう道だ。わしが帰るときに、同道するとよい。ただ、今日はまだ狩りの獲物がない。兎の一匹でも獲って帰りたい」
と言うので、それに従うことにした。

 風がさわぎ、驟雨がしきりに降った。
 にわかに木々が左右に分かれ、現れた一筋の道の向こうに、異形のものが見えた。岩の上に大きさ三尺ばかりの女の顔が、美しく笑っていた。髪は赤くて長かった。肩より下は岩に隠れて見えなかった。
「この矢で仕留めてやる」
 狩人がいきりたつのを押しとどめて、
「万一射損じたら、どんな仕返しをされるか知れません。そもそも、あれは何というものですか」
と小声で問うと、
「じつは未だかつて、こんな異形のものを見たことはない」
と囁き返した。
 そんな問答をするうちに、首は岩の向こうに姿を消した。左右に分かれた木々はまた元どおりになって、道も塞がった。
 狩人は今日の狩りを諦め、二人して里への帰途についた。
あやしい古典文学 No.1835