滝沢馬琴編『兎園小説』第四集「七ふしぎ」より

蝦夷鼠

 寛政十一年夏六月、江戸馬喰町の版木師金八の家で、ある夜、怪しい獣を捕らえた。
 形は鼠に似ているが、普通の鼠よりはるかに大きく、胸から腹にかけて虎の横縞のような模様があった。
 見るからに普通の獣ではないので、翌日、役所に曳いていって届け出た。
 当時、その獣の名を知る者はおらず、「まみ」ではないかとか、「雷獣」だろうなどと言った。が、それはちがう。思うに「蝦夷鼠」の類に違いない。

 この事件について、少し詳しく語ろう。
 金八の向かい長屋に、老女の隠居が住んでいた。ある晩、行燈の油を舐めるものがあって、老婆は鼠だろうと思い、蚊帳の内からシッシッと追ったが、逃げようとしない。怪しんでよくよく見るに、たいそう恐ろしげな獣だった。
 老婆は驚愕して、「妖怪が出た!」と大声で叫んだ。版木師金八が隣人とともに駆けつけて、老婆の家に入ったときには、獣は早くも逃げて出て、金八の家に走り込んだ。
 それを追って金八らも家に入り、まずはどんな形のものか見ようと、蝋燭に火を灯したところ、獣が飛びかかり、蝋燭に噛みつくこと三度に及んだ。
 結局、かまどの下に隠れた獣を、空の米びつを横ざまにしてその中に追い込め、ようやく捕らえた。
 後に聞くに、この獣は、最近ある人が長崎から買い求めて自宅で飼っていたもので、鉄網の箱を喰い破って逃げたのだった。しかし、異国の獣を許可なく飼っていたからか、飼い主は捕らえられたと分かっても知らぬ顔で、ついに名乗り出ることがなかった。
 届け出を受けた役所は、獣を短期間留めおいただけで、そのまま金八に返した。一度届け出たものだから、今さら簡単に追い放つわけにもいかない。とりあえず家で飼ったが、餌として毎日油揚げの豆腐を十五六枚も食わせねばならず、金八は困り果て、後悔したとのことだ。
 その後どうなったのかは知らない。
あやしい古典文学 No.1839