上野忠親『雪窓夜話抄』巻之一「河合弥三兵衛猫またを殺す事」より

最勝寺山の猫又

 河合弥三兵衛は、年若いころ、夜猟を好んだ。
 あるとき八上郡の最勝寺山に入ってみようと思い、その近くの自分の領地に立ち寄って、山の様子などを尋ねた。すると一人の老農が言うには、
「あの山は、四五年前まで変わったことなど何もなかったのですが、このごろは化け物が居住し、夜などは人々も用心して、寺へも行きかねております」
「いったいどんな化け物なのだ」
「確かに見た人はありません。しかし、闇の夜などは、眼がきらきらと光って星のようだと言います。去年、子牛を取られた人もあるとか…」
「そうか。よく分かった」
 弥三兵衛は、犬二匹を従え、日ごろ召し使う下人一人を連れて、最勝寺山に登っていった。

 峰を越え、あちらこちらと歩き回るところへ、遥かな谷の奥から、いちめん篠竹の原を凄まじくザッザッと鳴らして真黒なものが襲ってきた。
 眼を星のごとく輝かせ、あっという間に飛びかかってくる化け物に対し、弥三兵衛の犬は足が竦んで進めない。一瞬うろたえた弥三兵衛だったが、身をかわして少しやり過ごし、手ごろの間合いとなったところで、刀を振るってズンと斬った。
 大いに手ごたえがあって、化け物は崖下の篠原へ落ちた。崖の際に寄って覗いたが、夜の暗さゆえ見えなかった。化け物は先にどこかで一匹の犬を食い殺し、それを咥えて来たとみえて、傍らに犬の死骸があった。
 弥三兵衛は下人を領所へ走らせ、百姓たちに松明を持ってこさせた。その火で崖下を照らすと、化け物というのは大きな猫又であった。首から腹にかけて半分ほど斬られ、篠原に転がって死んでいた。
 誰も見たことがない大きさの猫又だったので、近寄って脚を起こし、立たせてみると、体長は人の背丈よりまだ長かった。毛は灰色だった。

 これは、河合弥三兵衛本人が語ったことである。
あやしい古典文学 No.1843