根岸鎮衛『耳袋』巻の三「霊気残れるという事」より

浜辺の声

 佐渡国の外海府(そとかいふ)海岸は、とりわけ海が荒れる場所である。
 鳥居某という人が、夷湊(えびすみなと)で番所役を務めていたときのことだ。

 外海府に住む者が、ある夜、船を曳き上げる掛け声を聞いて海端に行ったが、何事もなかった。
 しかし、それから三夜続けて同じ声がするので、浜辺に下りてみると、かの声がしたと思われるあたりに、覆った船が流れ寄っていた。
 驚いて大勢の人を呼び集め、船を引き起こすと、鍋釜の類は沈んだとみえて一つもなかったが、箱・桶の類は船中に残っており、それに海府村の村名なども書かれてあった「さては、このほど行方が知れないと言っていた船ではないか」というので、その村へ知らせ、村の人が来て確認したところ、間違いなかったという。
 この船は、相川の町へ薪を積んでゆき、戻りのときに鷲崎の沖で難風に遭って行方知れずになったのだが、おのずから乗組員の霊気が残って、掛け声をなしたものであろう。

「こうしたことが、海辺には時々ある」
と、鳥居某は語った。
あやしい古典文学 No.1854