津村淙庵『譚海』巻之十より

鳥が落ちる谷

 日光山の一僧坊の庭に、谷に差し出た松の古木があった、
 その枝に鳥が来て止まるたび、鳥は眠るような様子になって、しばらくすると谷に落ちてしまう。
 長年ずっとそんなことが続いて、人々は「不思議なことだ」と言い合っていた。

 あるとき、鷲が一羽飛んで来て、松の枝に止まった。
 この鷲も眠り込むように見えて、やはり谷へ落ちていった。
 その直後、谷底で荒々しい騒ぎが起こり、闘い争う音がするので、何事かと人々が集まって覗き込んだが、谷が深くて何も見えない。
 やがて、さっきの鷲が羽ばたいて谷底から飛び上がった。見れば、大きな狸を両脚で掴んでいる。
 鷲はそのまま、雲より高く飛び去った。

 その後は、松の枝に鳥が止まっても、眠りもせず、谷に落ちることもなかった。
 ということは、長いあいだ谷底にあの狸が棲んで、鳥を化かして取り食らっていたのだが、鷲にはかなわず、かえって自らが取られてしまったのに違いなかった。
あやしい古典文学 No.1863