根岸鎮衛『耳袋』巻の八「雷死を好む笑談の事」より

雷に打たれて死にたい

 最近のことだが、茶屋四郎次郎の家来に、大酒飲みというほどではないが大変酒好きな老人がいて、
「それがしは、雷に打たれて死にたい」
と常に言うのだそうだ。

「なんでまた、そんな突飛な死に方を…」
と人が笑うと、本人はわけを語った。
「それがし長年酒を好んで、それで鬱をまぎらし、あるいは寒暑をしのぐなどしてきた。酒の恩ははかり知れない。しかるに、それがし酒飲みゆえに、何病で死のうと、たとえ自害して死んだとしても、人はみな『酒のせいで死んだ』と、酒に罪を負わせるだろう。恩に報いることはできないにせよ、酒に悪名を着せるのは心苦しい。雷に打たれて死ねば、さすがに酒のせいとは言われまい。だから、そう願うのだ」

「おかしな考えながら、もっともな言葉でもある」
と、ある人が語った。
あやしい古典文学 No.1870