『談岌抜萃』上より

踊る心中者

 この春以来、大阪の各地で男女の心中が夥しくあって、数え上げることもできないほどだ。中でも、北野辺りや梅田の騒動は並大抵でない。
 そのたびに御検視があってなにかと大変なので、その地その地で申し合わせて対策をとった。
 梅田では、夜中に番人を置いて取り締まったところ、はたして毎夜二組か三組ずつ、いかにもそれらしい男女連れが来たので、ただちに追い払った。それで、この番人に「心中追い払い番」と名がついたのは、笑える話だ。

 それでもなお、心中する者があった。
 お初天神の西手の榎の下陰にて女を殺し、男は首を吊ろうと木の枝に紐をかけて飛び降りたが、紐が切れて地に落ち、死ねなくて、辺りをうろうろ歩き回った。
 それを不審に見た人は多かったけれども、心中し損ねた男とまでは分からずにいたところ、衣類に血がついているのを見回りの役人が見咎め、捕縛して連行した。どこやらの髪結いだったという。

 同じ夜、ここからさらに西手の道端で、首を切断した女の死体が発見された。櫛・笄・簪の長いのを切り口に突きたて、首は綺麗に拭って胴の傍らにあったが、女が帯をしていないのが不審であった。
 後に聞けば、女は新町盥屋の遊女で、相手の男は長堀の材木屋の手代だったそうだ。女を殺して、自分も首を吊ろうと、女の締めていた扱帯(しごきおび)を取って立ち去ったため、帯がなかった。
 しかし結局、首は吊らず、男は土佐堀川に身を投げて死んだ。河口で死骸が上がったとのことである。

 その夜の各所の心中は、とても挙げ切れない。
 堀川北の堀留の畑の中でも心中があって、掟どおり浜の墓地に晒し、番人二人をつけておいたところ、二日目の夜の午前二時ごろ、番人たちがうつらうつら居眠りしていると、なにやら物音がした。
 目を開けて見たら、晒されていた心中の二人が裸で立ち上がって、大声をあげて踊りだした。
男「突いたとさァ、突いたとさァ」
女「突かれたとさァ、突かれたとさァ」
 無心に踊るさまに、番人たちは驚き呆れてドッと脱力し、這う這う近くの民家へ逃げ込んで、事の次第を語った。
 そこで翌晩は大勢で番をしたけれども、何事もなかった。あのあたりは狐が多くいるところだから、彼らのしわざだろうと思われる。
 しかしながら、心中者が立って踊るとはすごく面白いと、もっぱらの噂になったのだった。
あやしい古典文学 No.1885