松浦静山『甲子夜話』巻之八十より

海雀

 中国明代の随筆『五雑爼』にいう。
「雀は大水に入って蛤になる。北方の人はしょっちゅうそれを目撃する。季節が秋になるごとに、幾百幾千の雀が群れ飛び、鳴き騒ぎながら浜辺にやってきて、上空を飛び交い、何度か旋回して水に入る。そののちに蛤となるか否かは知りえないが、冬にはどこにも雀の姿がないのだ。ただし、すべての雀が蛤に変ずるのではなく、一種類だけかもしれない」

 このごろ聞いた話だ。
 わが領地の僻村には、「海雀(ウミスズメ)」と呼ぶ鳥がいる。その形は、鳩より小さく、鵯(ヒヨドリ)より少し大きい。羽毛は漆黒で、翼の下から腹に至るところだけが白い。翼が長く、尾は短い。
 この鳥は、晩秋から春の終わりにかけて、数百羽が群をなし、海波の上を幾度も飛び巡る。その多くは、飛びながら潮に没する。没せずに飛んでいくものは、百のうちわずか三、四である。没したものは、しばらくしてまた海面に現れ、それまでと同じように上空を飛び回る。
 これは、『五雑爼』にあるところと異ならない。まさにこの鳥のことをいったのだろう。わが領地では、海上を雀のように翔けるさまから「海雀」と呼ぶのだが、中国でも同じ意味で「雀」と称したにちがいない。
 なお、この鳥は春が過ぎて夏になると、島の岩穴に巣を作って卵を産む。ゆえに山に居て、海に出てくることがない。
あやしい古典文学 No.1888