藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第九より

狸を出産

越後国岩船郡大平村
  百姓長助 娘 ちょう 十七歳
同国万橋村領分有明村
  百姓重蔵 倅 岩太郎 二十四歳

 上記の二人が密通しているのを、ちょうの親たちが知って甚だ憤り、娘を座敷牢に閉じ込めたが、そのときにはもはや懐妊していたらしく、天保四年三月二十一日に出産した。
 ところが、産まれたのは狸一匹で、家じゅう驚愕し、ただちに子狸を取り押さえて打ち殺した。
 これはどうしたわけなのかと、岩太郎の父親重蔵方へ問い質したところ、
「倅は二十日の夜中に家出し、行方が知れない。あちこち心当たりを当たっているが、いっこうに分からない」
との返事だった。
「…ということは、もしや岩太郎は狸の化けたものではないか」
と、国じゅうに噂が広がり、ちょうの父親長助は言うまでもなく、重蔵も深く恥じ入って、何とか噂を打ち消そうと躍起になっている次第。

 この変事は、長助方名主郷左衛門より代官所へ訴えのあったものである。
あやしい古典文学 No.1892