松浦静山『甲子夜話』巻之十より

医者と山伏

 わが領内の村々には、「郷医」というものを置いている。農民の傷病の治療を行うためだ。
 しかし田舎では、とりわけ病気となると、祈祷で癒るものと考えている。だから、山伏に頼んで祈ってもらう。

 ある回復途中の病人の家で、郷医と山伏が鉢合わせた。
 山伏は、この病人は自分が祈って霊験があったのだと言い、医者は、薬が効いてよくなったのだと言う。口論が続いてきりがなかった。
 最後に医者が言った。
「そんなに祈って霊験があるのなら、私を祈り殺してみせよ。そうすれば、この場の人すべてが納得して、手際に感服するであろう。私もまた、あなたに毒薬を一服さし上げる。この場で飲んでいただきたい。その効き目が現れるのを待つとしよう」
 山伏もさすがに尻込みして、その場を逃げ出したということだ。
あやしい古典文学 No.1899