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勝部青魚『剪燈随筆』巻之二より |
狂犬病の治療 |
狂犬に噛まれたときは、ただちに糞汁で傷口を洗うのがよい。 薬は、馬銭(一匁五分)、甘草(五分)を薬碗に水一盃半とともに入れ、一盃まで煎じつめてすぐに用いる。さらに一時間以内に、檳榔子(大)、大黄(大)、馬銭(大)、沈香(少)、甘草(少)を一服三四匁くらいに調合して煎じ用いる。 上記の治療を施せば、大いに発熱し、犬の吠えるがごとく譫言(うわごと)を吐き散らすが、狂態一両日にして熱が冷めて治癒する。その後三年間は、赤豆を食してはならない。 熱も発せず、犬の様相も呈さないで癒えることもある。噛んだ犬が実は狂犬病でなかった場合もあるだろうが、同じ犬に二人噛まれて、一人は犬のように吠え、一人は何事もなく治ったこともある。人の体質によるのだろうか。 ともあれ、この治療は早ければ早いほどよい。十日以上過ぎてからでは、かえって害がある。 筆者のところへ来た人は、たいそう壮健な男で、子犬に噛まれたものの当分何事もなかったので放置していたところ、三十日あまりを経て、全身の節々などが痛んで苦しさ堪えがたくなり、この治療を施した。 最初は別の医師のところへ行って頼んだが、「もはや日が過ぎていて、今からでは害がある」と断られた。苦痛が甚だしく、しばらくは外へも出ないでいたが、やがて、日数が過ぎていることを隠して、筆者のもとへ薬を貰いに来て呑んだのである その夜、大発熱し、全身に疼痛を生じ、狂躁し吐血するなど種々の悪しき病状が起こって、わずかの時間で死に至った。恐ろしいことだった。 なにぶんにも、すぐに人糞の汁で洗うのが肝要なのだ。 赤豆は、かたく忌まねばならない。ちなみに、鼠に噛まれたときも、赤豆を食わないのがよい。 半年も過ぎてから、赤豆を食って疵が再発したのを二人も見た。はなはだ苦しんで、すでに危篤状態というとき、大阪の武家方から特効の丸薬が届いて治った。 その薬の処方は知らない。 |
あやしい古典文学 No.1908 |
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