朝川善庵『善庵随筆』巻一より

水中で人を殺すもの

 水中で人を捕って殺すものは三つある。

 一つめが、河童または川太郎というものだ。
 二つめは、鼈(すっぽん)である。
 『本草啓蒙』にある「朱鼈」は、備前岡山でドウマン、周防ではゼニガメと呼ばれる小亀である。はなはだ力が強く、大きなものを引っ張り込む。人が水浴中にこれに遭遇すると、水底に引き込まれる。腹が黄赤で黒い斑紋があり、これが人の背に取りつくと、人はたちまち沈んでしまう。水虎に引き込まれたというのは、じつはたいてい朱鼈の仕業だ。出雲のあたりに多くいて、土地の者は見かけるたびに捕らえて殺すという。京都では、いまだ見かけられていない。
 三つめは、水蛇だ。
 江戸の近郊では中川に多くいると、釣りをする者が語った。水面から一尺ばかり下を、こちらの岸からあちらの岸へと泳ぎ渡る。その速さは矢のようだ。形ははっきり見定めがたいが、青大将に似ているらしい。
 出羽最上川には、薄黒くて扁平な小さい水蛇がいて、よく筏に付いて人を捕り殺すという。佐渡にはこの蛇がもっとも多いらしい。

 この三つに殺された屍を見るに、河童にやられた場合、口が開いて笑っているようだ。水蛇の場合、歯を食いしばって上前歯が欠け落ちたりしている。鼈の場合、脇腹の肋骨下のあたりに爪が食い込んだ痕がある。これをもって分別するのがよい。
 どの場合にも肛門は開く。世間では「肛門から入って臓腑を食らう」などと言うが、そうではない。溺死すればすべて、肛門が開く。死ぬとき口から押し入った水が出るため、肛門が緩み開かざるをえないのだ。
あやしい古典文学 No.1914