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藤井蔵『閑際筆記』巻之中より |
神に正邪あり |
私はかつて、森某と問答した。 私、 「君は、たとえ姦神野鬼であっても、神であるという理由で甚だ敬う。しかし、神にも正邪がある。正しければ心から敬うのがよく、邪なら祠を破壊してもかまわない」 森、 「いかにして神の正邪を知り、分別することができましょうや」 私、 「よく祟りをなすものは、多くの場合、邪神だといえる」 森、 「でも、邪神だとして祠を壊して、そのせいで祟られたら困ります」 私、 「そのときは、ただちに神像を引き出し、焼き払えばよい。 豊前の人に聞いた話だが、むかし小倉城の内に、何の神なのか知れない小さな祠があった。城主は、今ある祠の場所が穢れ多いからと、城外の清浄なところに遷そうとした。すると城主はたちまち眼病を発し、堪えがたい痛みに見舞われた。臣下は神の祟りだと言って、遷すことをやめるよう進言した。だが城主は、『これは邪神だ。穢れを好み、清きを忌む。そんなものを恐れてたまるか』と怒って、すぐさま祠を壊して野外で焼いた。眼病はたちどころに治ったそうだ。 中国では、宋の張敬夫が、ある役人に命じて、いかがわしい神を祀った祠を破却させたことがあった。役人は祟られて両足が萎えたが、怯まず、輿(こし)に乗って祠の跡へ赴き、残っていた廟から神像を取り出して、腹を割いた。中に大きな白虫がいて、這い出て猛然と走り回ったが、捕らえて油に投じ、煎じ殺した。すると、役人の足はたちまち癒えたのだ」 |
あやしい古典文学 No.1917 |
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