『古今著聞集』巻第十「おこま権守を踏みたる馬、足を損ずる事」より

強靭な人

 尾張の住人おこま権守(ごんのかみ)は、若いころ京都で、さる貴人に仕えていた。

 権守はあるとき、行幸供奉のため内裏に参上する主人のお供に加わって行った。
 一行が少し遅参したため、警備所の前では、馬や車がびっしりと並んで混み合っている間を、かき分けながら進まねばならなかった。
 そこにいた馬の口取りの小者が、
「怪我なさいますな。この馬は人を蹴りますぜ」
と言ったが、権守は平気で、主人の前を進みながら、
「その馬を後ろへ引け。馬が脚を傷めるぞ」
と言い返した。小者は馬を引っ込めず、何度も繰り返した。
「怪我なさいますな。お気をつけになって……」
 権守は、裏地を張った狩衣を着て、さやさやと衣ずれの音のたてながら、馬の尻にわざと当たろうとするかのようにして通った。
 はたして馬は、脚をあげて蹴った。腰の辺りをしたたかに蹴りつけたように見えた。
 しかし、権守は何事もない様子で通り過ぎた。馬は足を負傷して、その場にべったりと這い伏した。
「だから言ったではないか。馬のほうが傷む、と」
 権守は振り返って、こう言い放つと、先へ進んでいった。
 馬が足を損じるほど強く蹴られたのに、びくともしなかったとは、おそるべき体幹の強靭さである。
あやしい古典文学 No.1920