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佐藤成裕『中陵漫録』巻之四「万願寺の竹」より |
万願寺村の竹 |
肥後に、万願寺村というところがある。 万願寺村は、一里四方ほどの内に、木というものが全くない。高い山の上から人家のある麓まで、みな竹藪だ。 この村の家は、みな竹を用いて作る。梁や柱には径一尺を越える大竹を用いる。屋根は、二つに割った大竹を組み合わせて作る。壁は、大竹を幾つにも割ったものを重ね合わせて作る。床も同じく竹だ。そのほか家財も食器も、みな竹を用いる。 とりわけ厩と便所は、大竹を材として編んで作る。遠くから見るに、まことに風雅なたたずまいである。 農作業の合間にすることといったら、竹を切ることばかりで、ほかに何もしない。朝夕の薪は、そうして切った竹を用いる。 筍の出る時季は、三度の飯に代えて筍を食する。その後は、塩に漬けたのを朝夕の副食にする。また、干乾しにして冬の保存食に貯える。 筆者は、同地の人に問うた。 「そんなに筍ばかり食っては、悪瘡を発するのではないか」 するとその人は、 「いや、一切の悪瘡がことごとく癒えるといいます。どの病気でも、ここの筍を忌むことはありません。妊婦や小児も多く食しますが、いまだ何の害も見かけません。たいそう性質のよい筍なのです」 と言った。 この村は、天下の奇村と言うべきだろう。 なお、村の中ほどに温泉がある。筆者も浴してみたところたいへんな冷湯だった。 |
あやしい古典文学 No.1922 |
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