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高古堂『新説百物語』巻之二「江州の洞へ這い入りし事」より |
江州の洞穴 |
江州の某村の山の上に、大きな洞穴がある。 昔から誰ひとりとして、洞の奥深くを見届けた者はない。奥には大蛇が棲むとも言い、子供などは鬼がすまうと言って、近寄る者さえいない。 ある年、伊勢から来た神主が、 「我が何としても、奥の深いところを見届けよう」 と言って、もう一人の神職と二人連れで、干飯や酒などを用意して、洞穴に入った。 だいぶ入ったと思ったころ、次第に穴が小さくなり、やっと一人がくぐれるばかりになった。上からひたひたと雫が落ち、松明をかかげて透かし見たら、鍾乳石がつららのごとく下がっていた。 白い蝙蝠が幾つも飛び違うのを、払いのけ払いのけ進むと、二里ばかり行ったと思うころ、少し明かりのさしているような場所に着いた。小川が流れ、川底の砂はすべて銀のように光った。両岸にはびっしりと松茸のようなものが生えていて、よく見るとみな水晶の色をして柔らかそうだった。 そこからまた二里ほど行くと、小さい社があった。何の神を祀るとも知れなかった。思い切って石の扉を開いてみると、古文字で「三」の字と「宝」の字ばかりが見えて、そのほかは見えなかった。 なお奥深く行くと、大河があった。水が浅かったので流れの中を徒歩で行き、つごう十七八里ばかりも来たかと思うころ、ふと穴を抜け出た。 さいわい村里があったので、そこの者に地名を尋ねたところ、伊勢の五十鈴川の川上だと教えてくれた。洞へ入った日の三日後のことだった。 |
あやしい古典文学 No.1926 |
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