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森春樹『蓬生譚』より |
隠居の幽霊 |
越後のある寺の隠居が、死去の後ほどなく幽霊になって出たが、寺の体面にかかわることだから、当初は秘していた。 しかし、夜ごと台所の飯がなくなることから、狐狸の仕業だと気づき、人々に打ち明けた。 里人たちは寺へ行き、隠居の幽霊を捕らえようと、一晩じゅう追い回した。しかし幽霊は、庫裏と本堂の間の、仏壇の床板が欠けたところから、床下に逃げ失せた。 次の夜は、幽霊が出たとみるや、先回りして床板の欠けたところを塞ぎ、ほかの逃げ道と思われる所も封鎖した。そししておいて皆で追い立てると、幽霊は、 「わしはこの寺の隠居なのに、檀家の衆は何故つかまえようとするのだ」 と言いつつ、逃げ隠れようと幾度も箱壇の方に行くが、塞がれて逃れることができない。ついにそこで大勢に打ち伏せられてしまった。 そうなっても隠居の姿のままで少しも変わらないから、恐れたり怪しんだりしてそれ以上手が出せないでいるところに、住職がやって来た。 「正体が狸であれ狐であれ、隠居が死んでからまだ日も浅く、なにぶん寺の中でもあるから、ここで殺さないでくれ。そのものが狸ならば、たぶん死んだふりだろう。早く向こうの山に捨ててくれ」 と頼むので、皆は打ち伏せられてのびている隠居の形をしたものを運び出した。 寺の門外に出ると、一人の機転の利く者が言った。 「狸は死んでも、温もりのある間は化けた姿のままだという。夜が明けるまで、このままにして待とう。温もりの冷めないうちは動かすな」 みな賛同して待っていたところ、やがて隠居の形は、寺で飼っている白犬になった。 「こいつめ。憎いやつだ。騙されんぞ」 手に手に棒を振り上げて袋叩きにすると、一声ギャッと叫んで本当に死んだ。その後、しだいに狸の姿を現したという。 飼い犬に化けて助かろうとまでしたが、許されなかったのだった。 |
あやしい古典文学 No.1933 |
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