三好想山『想山著聞奇集』巻之三「戯に大陰嚢を買て其病気の移り替りたる事」より

大物の売買

 市谷田町四丁目に海野景山という、易と観相に秀でた占い師がいる。甲州の生まれだが、中年になってから伊豆の海岸に久しく住んだ。
 伊豆での隣家には、大陰嚢の男がいた。疝気が陰嚢に入ってだんだん大きくなり、米五斗を袋に入れたほどまでに巨大化した。丸い形で、あぐらを組んで座ると頭より睾丸のほうが少し高く、前から見たら体が陰嚢に隠れてしまうのだった。
 それほどだから、たいがいの手仕事はできない。しかし、手を陰嚢と胴の間から脇腹のほうへ伸ばして草履やわらじを作り、それを商って暮らしを立てていた。

 ある年の十一月二日の夜のことだ。
 大陰嚢の家の裏に、まずまずの資産家が住んでいて、そこで三歳児の儀式である「髪置(かみおき)の祝い」があり、名主はじめ大勢が集まった。御馳走がふるまわれ、みな夜更けまで酒宴して盛り上がった。
 大いに酩酊して帰るとき、大陰嚢の家を覗いて、
「大玉はまだ寝ないのか」
と声をかけると、
「皆さま、よい御機嫌の様子。ちとお立ち寄りなされませ」
と言うから、名主はじめ五人が、酔いに任せてどやどや入り込んだ。かの海野景山も上戸だから、その人数に加わって大陰嚢の家へ立ち寄った。
 さて、名主は酔いがいささか過ぎたのか、戯れに言った。
「おまえの玉は、あまりに見事だ。のう、わしに五百両で売ってはくれまいか」
「いや、私の玉は伊豆の国の名物ですから、五百両や千両では売れません。三千両なら売ってしんぜましょう」
「なんと、そりゃ高い。まけてくれよ」
「いやいや、なかなかまけられません」
 ここで景山も戯れに言葉を添えて、
「なるほど、この玉は名物。五百両では売れませんわな。だからといって、三千両では誰も買わない。中を取って千両でお買いなさい。千両なら安いもの。また売る人も、千両なら思い切って手放す気になるのでは……」
 これを聞いた大陰嚢の男が、
「秘蔵の玉ではございますが、名主様のたっての御所望ですから、特別にまけてさしあげます」
と承知して、
「それでは、ひとつ締めましょう」
と居合わせた全員が一緒に手を打った。こうして売買の契約が成立すると、皆それぞれに帰宅した。

 その後、名主の睾丸が少しずつ痛みだした。だんだん大きくなり、やがて大きめの釜ほどになって、難儀したという。
 いっぽう大陰嚢の男は、日ごと夜ごとに睾丸が小さくなり、三年ほど過ぎたら普通の人と同じになったので、飛脚を生業として遠近を行き来するようになった。
 しかし、名主の睾丸は、大きくなったとはいえ、かつての大陰嚢の男のそれの三分の一ほどにとどまった。残り三分の二は、両者の間を移るときに消滅したのだろうか。納得のいかないことである。
あやしい古典文学 No.1938