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| 『梅翁随筆』巻之八「桑名領山海の事」より |
桑名の山海 |
| 伊勢国桑名は、南に海がある地だ。 春ののどかな時、「潮を吹く」といって、海中から細く「気」が立ちのぼる。のぼるに従って広がり、しまいには霞のようになる。「蜃気楼」などとちがって、その中に楼閣や竹木の類が見えることはないが、「気」が立ちのぼる下には蛤が多いという。 山の方はというと、遠く十里十五里を隔てた先の近江・美濃との境まで山が深い。 国境まで桑名領なので、みだりに山中の材木を伐り出すことを禁ずるべく、番所が十一カ所ある。各番所は、足軽を三十日交替で遣って守らせる。また、山近くに住む百姓から下働きの者を徴用する。 どの番所も山奥で、人跡の絶えた場所にある。しかし、時々猿が多数群れ来ることがある。 猿どもは、人影を見ると取り巻いて行く道を塞ぐので、難儀する。必ず最初は大きく囲んで、次第しだいに囲みを小さくしながら近寄ってくるため、脱出しようがない。 そんな猿への用心に、あらかじめ小石を多く拾って両方の袂に入れておくとよい。近寄ってきたときに石つぶてを投げつけると、猿も石を投げる真似をして対抗するが、猿の方へは本物の石が飛んでくるので、さすがに恐れて囲みが崩れる。その隙に逃れ出ることができる。 もし石をあらかじめ用意せず、そのときになって拾うと、猿は石を拾うところから真似をするので、とても防げないという。 これらのことは聞き置くべきであるが、そもそも火縄銃を持って往来すれば、こうした災いはない。 山中には狼も多い。夜中におびただしく通ることがある。潮を飲もうと、海辺へ出ていくのだという。こちらから手出ししなければ、人にかまうことはないらしい。 また、もし山中で猛獣に出逢った時は、柴に火をつけて焼き立てれば、害を逃れられるとのことだ。 |
| あやしい古典文学 No.1942 |
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