辻堂兆風子『多満寸太礼』巻第五「獺の妖怪」より

獺の妖怪

 大永年間、京都の五条洞院に、又五郎という名の商人がいた。年ごとに駿河・遠江へ行き来して、染絹を商っていた。
 その頃は世の中が何かと不穏だったので、遠国への往来は容易でなかった。春の終わりに京都を出て、かさばる荷物は大勢の人に守らせて送り、又五郎は供一人を連れて旅をした。

 美濃・尾張を過ぎて、三河路にかかった。
 その日、急ぎ足で二村山(ふたむらやま)辺りに来たとき、太陽はしだいに傾くのに足疲れ、人家は遠くて日没を知らせる里の鐘の音も聞こえなかった。山の麓に夕霞がたなびき、朧月がほのかに姿を見せた。
 向こうをうかがうと、こんもりした森の陰に、朱の玉垣がかすかに見える。
「こよい一夜は、あそこの拝殿で明かそう」
 灯明の明かりをたよりに近づいてみれば、本社も拝殿も美を凝らし、まことに立派な神社であった。
「どんな神が御鎮座ましますやら」
と思いつつ静かに礼拝し、拝殿に上って、持参の食べ物を取り出し、主従二人で食べた。
 気持ちよく泊まれそうだと嬉しく思い、前を流れる川で足を洗って、宝殿の下に小ぎれいな場所があったから、そこで二人一緒に前後も知らず寝入った。

 すべて静まりかえった夜更け、にわかに数十人のどよめきが聞こえた。
 又五郎は目を覚まし、ひそかにうかがい見ると、拝殿に沢山の蝋燭を立て並べ、金の屏風を引きまわして、いかにもきらびやかな装束の乳母や小間使いの姿が、ちらちらと火影に見えた。
 これはなんだ? と目を凝らすと、上座とおぼしいところに二十歳あまりの貴女が琴を奏している。そのさまは言いようもなく美しかった。そのかたわらには尼僧が座し、同じいでたちの三人の女童が日輪の扇を一様にかざしていた。
 貴女が琴を弾き、尼が一節切(ひとよぎり)を吹き、乳母が三味線を鳴らすと、女童たちは立ち上がって、調子に合わせて舞い踊った。
 ……くまなく春の朧月は思ふにつらし♪ やみは人めもいとわぬに♪……
 波が寄せては引き、引いては寄せるように舞う姿は、たぐいなく麗しく、まばゆいばかりに眺められた。
 するとそこに、狩衣のような白装束の男が一人、立て烏帽子をつけたいかにも敏捷そうな男が三人、松明を灯して御手洗(みたらし)川の辺りから現れた。
 男たちは静かに歩んで来て拝殿に上ったが、女たちにうち交じるや、賑やかに騒ぎはじめた。
 様々な生魚が、たくさんの鉢に入れて持ち込まれた。活きのいい鯉・鮒・鱸などが躍り跳ねるのを、男たちが掴み喰らった。男女が絡み合って打ち臥し、行儀の悪いことこの上なかった。
 男たちが女を一人ずつ抱いて戯れるさまは、まったく人間のようだったが、どうも不審に思えてよくよく見れば、男の顔は、眼が丸くて小さく、口が尖って色が黒かった。
 何かは知れないが獣が化けたものにちがいなく思われたので、旅に携えてきた半弓を取り出し、よく狙いすまし、大将とおぼしきものの胸のあたり目がけて射放った。
 アッ! と喚く声がした。男はみな、驚き慌てて逃げ出した。それに紛れて女どももいなくなり、火も消えて闇になった。

 ようよう明け方になり、東の空も白んできたころ、神職が二人やって来て、社に向かって祈念した。
 二人は、あたりに血が流れ、あまたの生魚が喰い散らされ、拝殿のいたるところに獣の足跡があるのを見て、
「また例の化け物が出たらしい」
と、周辺を見てまわった。そこへ又五郎主従が社の下から這い出てきたから、二人とも驚いた。
「何者だっ」
「いや、怪しい者ではありません。行き暮れた旅人で、昨夜は人里の場所も分からず、この社に入って寝たのです。それはそうと、化け物とおっしゃったが、どういうわけがあるのですか」
「いや、実は…。ここは二村山八幡宮といって、近里はおろか遠国からも信仰されてきた霊験あらたかな社なのですが、いつからか、夜になると化け物が出て人を悩まし、気絶させたりするようになって、近くを人が通うこともなくなりました。あなたがたは不思議に無事だったようですが、不審なことはありませんでしたか」
 又五郎はこれを聞いて心づき、夜の出来事を語った。
「…そんなわけで、矢傷を負わせました。この血の跡を追ってみるとよろしかろう。それにしても、女どもは何の妖精だったものやら」
 辺りを見回すと、社にかけられた絵馬に、気高い女性が琴を奏し、その傍らには尼・乳母など女が多数はべって一節切・三味線を弾いていた。女童が三人、立って舞うていた。屏風そのほかも昨夜見た様子に寸分違わず、ところどころ血にまみれていた。
「さては、この絵馬の精に惹かれて、獣の化けたのが集まったのだ。まちがいない」
 ただちに絵馬を下ろし、絵の女の喉をすべて突き破った。

 村人大勢を集めて、血の痕をたどっていくと、御手洗川の北東の大きな岩穴の中に続いていた。穴の入口を打ち崩し、深く掘り入ると次第に空洞が広くなり、一二丈も掘ったところで、獺(かわうそ)が数十匹おどり出た。
 そのさまは尋常でなかった。大きさからして幾年経たとも知れない獺が、人を見て牙を噛み、飛びつき喰いつくのを、次々に打ち殺し斬り殺して、つごう十余匹。その奥には、いちだんと大きな黒白斑の獺が、胸板を矢に貫かれて、歯を食いしばり牙を剥いて死んでいた。これが前夜の大将であろうと思われた。
 残らず打ち殺した獺は、料理して皆で食ったが、味わいはふつうの獺と違わなかった。

 その後、この社に化け物が出ることが絶えて、また諸人が昼夜参詣するようになった。
あやしい古典文学 No.1946