椋梨一雪『古今犬著聞集』巻之三「似珊瑚求、楚忽出来る事」より

珊瑚珠

 野口甚九郎という遠州の材木商人が江戸へ来て、商用を果たすついでに、珊瑚珠を手に入れたいと思った。
「珊瑚は、毒の気があると色を変える徳があるそうだ。よい売り物があるとよいのだが…」
 よくよく気にかけて探していると、日本橋で、
「珊瑚を売ろう。よき珊瑚を売ろう」
と呼ばわる声を耳にした。
 たちまち心が動いて、その売り手を道端にいざない、値段を聞けば、
「本来なら金三十両でも売り難いところですが、今は急な入費があるので、思い切って七両で手放しましょう」
と言う。もっけの幸いと思い、そそくさと金を渡して買い取った。

 甚九郎は喜んで郷里へ帰り、かの珊瑚珠を、自慢顔で座右に飾り置いた。
 あるときのこと。下人が膳を据えたおりに、ふと珊瑚珠のほうを見ると、色が変わっていた。
「おお、おまえ、わしに毒を盛ったな。曲者め、逃がさんぞ」
 家の者に命じて、下人の手足をがんじがらめに縛り上げ、一日二日そのまま監禁しておいた。
 そこへ、江戸の材木問屋の治右衛門という者が年頭の挨拶に来たので、
「こんな事件がありました」
と話し、例の珊瑚珠を見せたところ、治右衛門は笑った。
「いや、こいつは話にもならない偽物ですよ。象牙に朱を塗ったもので、その朱がとれて色が変わったのです」
 甚九郎は驚き慌て、下人の縄を解いて、平謝りに謝った。。
あやしい古典文学 No.1947