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| 西村白烏『煙霞綺談』巻之四より |
烏頭村の化け物 |
| 世に怪力乱神を語ることを禁ずるのは、こじつけの説が加わって真実が失われるからである。あったことを正しく語ってはならぬ、というわけではない。 正徳のころ三河の吉田に、善右衛門という古物商がいた。 善右衛門は、さる武家から五張の幕の注文を受け、吉田で三張用意し、あと二張は岡崎まで調達に行った。しかし取引がととのわず、それならと名古屋へ向かった。 大浜茶屋まで来たら、日が暮れかかった。近くの知り合いのところに宿をとったが、時節は中秋で、夜が長い。名古屋まで行く馬を雇って、夜半には大浜を出た。 出がけに馬子が、 「池鯉鮒(ちりゅう)の近くから名古屋の伝馬町まで、田舎を行く近道がありますぜ。わしらのよく知っている道ですから、そこを行ってはどうですかな」 と言うので、喜んでその田舎道を選んだ。 途中の烏頭(うとう)村に、少し小松があってススキなど生えた広い野原があった。 そこに至るやいなや、突然旋風が吹きめぐり、乗っていた馬は足を崩して地面にうずくまった。善右衛門も馬子も悪感に襲われ、意識朦朧となって地面に倒れ伏した。 すると小松のところから、背たけ一丈三四尺ほどの仁王のごとき大入道が現れ、眼を磨き抜かれた鏡のように輝かせながら歩いてきた。二人はいよいよ惑乱して、ひたすら地面に伏していると、化け物はそのまま通り過ぎていった。 時を経て、二人とも正気にもどり、馬も立ち上がっていなないた。そこから一里ちょっと行くと、だんだん夜も明けてきた。 とある民家に立ち寄り、煙草など吸って落ち着いたところで、そこの亭主に尋ねた。 「このあたりには、天狗とか、何か怪異のものがいるのかね」 亭主が、 「ここらは山中ではないから、天狗とか怪物とかはおりません」 と言うので、烏頭村で化け物に遭ったことを語ると、 「それは不思議。まさか天狗でもありますまい。昔から言う『山都(みこしにゅうどう)』というものかも」 と笑った。 そこを発って名古屋の問屋に着き、馬子を帰した。 善右衛門は、幕を調べるなどあれこれするうち体調が悪くなり、食事も喉を通らず、発熱してひどい頭痛に襲われた。 近所の医者を呼んで診察を受けると、 「流行り病と思われます。伏熱があって危ない容態です」 と言う。途中で化け物に遭ったことを語ると、薬を調合してくれたが、効き目はなかった。 そのままでもいられないので、吉田まで通し駕籠を雇い、翌日帰宅した。その後いよいよ高熱が出て、別な医者の薬も飲んだがよくならず、ついに十三日目に絶命した。 化け物は、疫病の神であろうとのことだ。 |
| あやしい古典文学 No.1949 |
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