荻生徂徠『飛騨の山』より

蛸力

 蛸は力の強いものだ。
 あるとき、安房の国の浜辺で、浦人が漁をするのを眺めながら遊んでいたところ、大きな蛸が穴にいるのを見つけた。
 ひとりの人がその穴に竿を差し入れるると、蛸は奥に引っ込んで見えなくなり、竿はそのまま引き抜けなくなった。
 人が多数集まってきて、次々に竿を差し入れたが、そのたびに竿は蛸に掴まれて、動かせなくなった。
 やがて竿の数が八本になり、それを八人で引っ張って、やっと蛸を引き上げることができた。八本の足すべてを竿を掴むのに使って、もはや穴の底に取りつく足がなく、力を出せなかったのだろう。

 ちなみに、穴にいる蛇を両手で力いっぱい引いても引き出せないとき、片方の手を離して自分の耳を引きながら引っ張ると、容易に出るという。
 これを考えるに、そもそも足のないものが、何を力にして人に抗うのだろうか。
あやしい古典文学 No.1952