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| 井原西鶴『本朝二十不孝』「今の都も世は借物」より |
死んだら倍返し |
| 京都新町通り四条下ルに、丸に三つ蔦の暖簾を格子造りのきれいな門口にかけて、五人家族が、親の援助があるかのようなゆとりある暮らしをしていた。 主人は、知らない人は医者か何かと思うであろうが、長崎屋伝九郎といって、京都じゅうの放蕩者に遊里で使う金を融通する男であった。 嘘や誇張が半分のことを「話半分」などというが、この伝九郎は、元日に人が歳をとるのを「若うなられました」と嘘をついてから、大晦日までひとつも本当のことを言わなかった。そんな者でも、金に困った人の役には立つのだった。 また、室町三条のあたりに、世に知られた有力商人の息子で、遊里では篠六(ささろく)と呼ばれている人がいた。 篠六は、いかに若年の無分別とはいえ、この七年のあいだ、手に入った金銀をことごとく男色・女色に費やした。隠居の父親の蓄えは十分すぎるほどあるが、篠六の自由にはならず、かといってにわかに遊びもやめられず、つてをたどって長崎屋伝九郎に仲介を頼み、「死一倍(しにいちばい)」で千両の借金をしようとした。 都は広い。そんな条件で貸してもいいという人もいる。借り手の年齢などを調べに、手代がやってきた。 「死一倍」とは、借り手の親が死んだら借金を倍返しするというもので、親が早く死ぬほど貸し手は儲かる。 篠六は美男だったが、わざと髪を乱し、見苦しい身なりをして、今年二十六歳なのを「三十一になります」などと、すぐばれる嘘でごまかした。世間ではふつう齢を若く言うのに、どういうつもりなのだろう。 貸し手の手代は、つくづくと篠六の顔を見て言った。 「お歳は幾つであれ、あなたのお父上なら、いまだ五十の前後でしょう」 「いや、私は年寄ってからの子で、もはや親父は七十にほど近い」 「先日お父上をお見かけしましたが、店に腰をかけて行商の芋を値切っておられました。そのときの言葉つきといい、大風の翌朝に散らばった屋根板を拾っておられた達者な様子といい、ふだんの御養生が察せられます。まだ十年や十五年はご健勝でありましょう。とてもじゃないが、死一倍では貸せません」 「それは大きな見込み違いというもの。眩暈という持病があるし、とりわけ最近太って中風を病む下地ができましたから、長くてあと五年か三年です。また、手だてして片をつけることもできますから、ぜひ貸してください」 その場にいた大勢の太鼓持ちたちも口を揃えて、 「我々の予想でも、もう長くはないようです。ここに詰めかけた者はみな、あの親父さまの葬礼をあてにして、このお大尽に奉公しておりますゆえ、寿命を待たずに決着をつける考えも持ち合わせております」 と言う。手代は、 「それならば、手形の下書きをいたしましょう」 と言って帰っていった。 この場合の「死一倍」は、金子千両を借りて、親が死ぬと三日のうちに二千両にして返すという借金で、証文は二千両の預り手形にし、小判一両につき銀一匁の計算で一年目の利息を天引きする。よって千両から二百両を引いた八百両が、貸し手から渡された。 そこから仲介した長崎屋が通常の手数料として百両を取り、手代への礼として二十両取られた。保証人に立てた家屋敷のある人二人には、保証料代わりに利息なしの二百両を借りられた。さらに「この件に要した経費」「この場で貸借を見届けた立会料」「首尾よく借金が叶ったお祝い」などと言っては幾らかずつ貰われて、千両の包みから、篠六の手取りとして四百六十五両残った。 「これはめでたい。それそれ、大尽のお立ちだ」 大勢の太鼓持ちが景気をつけて、四条の色宿に繰り込むと、宿は硯と紙を取り出して、長い間に溜まった揚屋の支払い、野郎役者の花代、茶屋の払いの請求書を作った。 それを清算したうえになお、 「大尽のご希望で、二階の天井に手を入れました。万事の代金、十両までかかりませんでした」 と言って、費用を記した日録をを見せられた。さらに、二三年前に旅芝居に出て損した話をして幾らかねだられた。まるで覚えのない奉加帳に見知らぬ親類縁者のことまで書き立てられ、寄付・寄進を求められた。 こうして、借りた金はものの見事に無くなり、わずか一両三分残ったのを、 「みっともないですぞ、皆さん。大尽にそんな小銭を持たせては…」 と、さっと攫って銭箱に投げ込まれ、呆然としている間に酒宴となった。 「よい夢のさめないうちに、おいとまいたしましょう」 そんなことを言って次々に人が去っていくと、残ったのは家からついてきた下男一人。 「もう家の戸が閉まる時分ですぞ」 と篠六を促して、連れ帰った。 その後の篠六は、いよいよ父親の無事なのを嘆き、何を間違えたのか、近江の多賀大明神に参って父親の命が短くなるよう祈ったが、この神は延命長寿の神だから、いちだんと長生きしそうな様子だ。 思うに任せないのを恨めしく思い、手当たり次第にあちこちの神仏を拝んで回り、 「七日の内に死にますように」 と頼むと、ついに願いがかなったか、父親がにわかに目を回して倒れた。 人々が驚いて駆け寄るいっぽうで、篠六はしめたと喜び、かねて用意の毒薬を取り出して、 「ここに気付け薬がある」 と白湯を持ってこさせ、噛み砕いて飲ませようとした。 ところが、慌てたのか、勢いあまって自分が飲み込んで、たちどころに死んでしまった。 口を開けて毒を吐かそうと試みたが甲斐なく、親不孝の報いとして、血走った眼を剥き、髪の毛は縮みあがり、体は普段の五倍ほどにも膨れて、人々はその異様さに言葉を失った。 やがて父親は息を吹き返し、息子が死んでいるのを見て、そうなったわけも知らずに嘆いた。 欲に目がくらんだ貸し手は、千両が丸損になって、さぞや後悔したことだろう。 |
| あやしい古典文学 No.1962 |
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