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| 人見蕉雨『黒甜瑣語』二編巻之五「玉林寺の琵琶」より |
森の明神 |
| 少し昔のころまで、当地秋田から江戸まで行く行程に、大石田というところを越えて二本松または郡山などへ出ることがあったという。 ある年、筆者の友人の親が大石田を通ると、森の明神とやらの祭で、遠近から大勢の人が来て賑やかだった。どういう神を祭るのかと尋ねたところ、土地の年寄りが詳しく教えてくれた。 昔、米沢から大石田へと通ってくる琵琶法師がいた。 あるとき山中で行き逢った老人が、背負った琵琶を見て「一曲聞きたい」と望んだので、山道を歩きつめた休憩がてら、近くの岩に座して『地神経(じしんきょう)』を弾いて聞かせた。 老人は感に堪えなかったか、さらに望んで三、四曲を弾かせた。それが終わると、老人は言った。 「あまりに面白く聞かせてくれたから、謝礼として一言申そう。今宵大石田を通っても、泊まらないほうがよい」 それはなぜかと問い返すと、 「我はそこの洞窟に長年棲むものだが、今夜こそ洞を抜けて出て行くつもりだ。そうすれば必ず山が崩れ、谷が埋もれて、大石田の村も崩壊する。しかし、このことは誰にも語ってはならない。もし語ったら、そなたの身も安穏ではすまないであろう」と。 老人と立ち別れた後、琵琶法師は思った。『自分は卑しい盲人の身だから、この世にあってもさして甲斐がない。大勢の人の命が救われるものならば、聞いたことを告げずにいられようか』。 急ぎ大石田に至り、事の次第を詳しく語ったところ、村じゅう大いに胆を潰したが、 「かねてより聞いていたことだ。洞の中に大いなる蟒蛇(うわばみ)があって、人を害したというが、いよいよ竜の位を得て天に昇るのにちがいない。どうせ死ぬる我らの命なら、いちかばちか、こちらから攻めて平らげようではないか」 と腹を決め、近隣の村々からも人を多く雇って、洞窟へと押しかけた。 入り口に焚き草を山のごとく積み上げ、鬨の声とともに火をつけると、おりしも山嵐が吹いてそこら一面に燃え広がった。竜はきっと焼け死んだことだろう。 一方で村人たちは、かの盲人を祟りから守ろうと唐櫃に隠し、三重四重にも覆いをかけて出かけたのだが、帰って見れば無惨にも、身体をずたずたに引き裂かれて死んでいた。 これにより、琵琶法師は一郷の命の恩人として明神に祭られた。どれほど前の出来事かは知らないが、祭の日は法師の死んだ日なのだそうだ。 |
| あやしい古典文学 No.1966 |
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