藤岡屋由蔵『藤岡屋日記』第八十九より

口から小児

 本所相生町四丁目、大工清吉の妻つた二十七歳は、当文久二年四月ごろより懐妊の様子だった。
 四ヵ月ほどになる七月十八日、胸がむかむかすると言って苦しみ、喉が詰まったあげく、口から小児を吐き出した。
 そのあとすぐ、母子ともに死んだ。

 同様な話がある。
 天保六年冬、駿河台の奥医師 丹羽好徹の倅の妻で、両御番衆 田中鎗次郎の娘しゅんは、十八歳で懐妊した。
 九ヵ月めくらいのある日、急に産気づいてのぼせ上り、口まで小児の頭が出かかった。口から血をたくさん吐き出し、下からも多量に出血し、苦しんでまもなく死んだ。
あやしい古典文学 No.1968