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| 三木隆盛『其昔談』より |
内弟子出奔 |
| その昔、江戸中橋の絵師 狩野氏のところに、島津家から頼まれて内弟子同然に絵を習う、中川右内という者がいた。 十二月ニ十二日の正午過ぎのことだ。 二階の内弟子の部屋でひとり、右内は鏡を見て髭を抜いていた。すると、背後に人影が映った。振り返ると見知らぬ僧が立っていたので、 「どこから来られたのか」 と尋ねた。 「ここでは言えない。門外に出られよ」 と僧が言うので、深く考えることもなく刀を提げて出ると、 「ほかの事ではない。今晩、鎌倉の光明寺で餅振舞があるから、同道するがよい」 と言う。 「近所に用事があって行くにも、師匠にことわって出かけなければならない。勝手に鎌倉へなど行けない」 と拒んだが、 「是非とも同道せい」 と無理に手を取り、中橋から品川通りを引き立てて行った。 右内は道々、行くまいとして抵抗したが、往来を大勢の人が通行しているのに、だれもそれを見咎めない。不思議に思いながらどこまでも引かれて行くうち、逆らっても仕方がないと諦めてしまった。 すでに日も暮れ、やがて夜の八時になろうかというころ、僧は突然に言った。 「ここまで同道いたしたが、もはや餅振舞も済んで、あのとおり人々も帰っていく。おぬしもここから帰られよ」 行く手を見れば、帰っていく者かと思われる提灯がおびただしい。 右内は怒って、 「同道せぬというのに、無理にここまで連れてこられて、今になって、振舞も済んだから帰れというのは、許しがたい」 と、抜き打ちに斬りつけた。 僧は、あわれ真っ二つのはずが、かき消すように失せて、右内は松の木の根に斬りつけていた。 口惜しいけれど仕方がない。そこからひとり江戸へ向けて歩き始めた。 道は不案内だし、夜道は暗く、腹は減る。心身疲れて行き悩むとき、行く手に人家の火影が見えた。そこに到って案内を乞うに、寝床から起き出てきた様子で、主の老人が現れた。 「どこから来たのかね」 と問われて、右内は詳しく事情を語り、一宿を乞うた。 老人は、 「それならば、ここで休むとよい。さだめし空腹であろう。しかし何もないから、冷や飯でも食うてくれ」 と言って、火を焚いて茶を沸かし、茶漬けをふるまった。さらに、 「何も菜がないから、昼の残りでも」 と、平皿に盛ったものを食わせてくれた。そのときは何も思わず食した右内だったが、あとで考えれば、十二月だというのに生の筍が入っていたのは不思議なことだった。 翌朝、いまだほの暗い時分に暇乞いして、老人の家を出た。 狩野氏方では前夜来、あちこちに人を遣わして右内の行方を捜していた。『近所へ行くのさえ届けて行くのに、一宿するのに無断で出たのは、必ずや出奔であろう』と思い、薩摩屋敷に知らせをやろうかと相談しているところに、やっと帰り着いた。 怪しい僧に連れ出されたいきさつを語ると、人々は驚き恐れたが、右内はさらに、 「話ばかりでは不確かですから、証拠をお見せしましょう」 と言って、一人を伴って前日の道をたどった。 しかし、斬りつけた松の木には痕があったが、一宿した家は、どれほど探しても見つからなかった。どうやら人の住む家ではなかったようだ。 |
| あやしい古典文学 No.1975 |
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