宮負貞雄『奇談雑史』巻四「神崎疫神祭」より

神崎疫神祭

 下総国香取郡神崎の神社では、毎年三月中の午(うま)の日に「疫神祭」が行われる。
 神職が社の森の榊を伐って疫神船を造り、その船に数々の榊の葉・幣帛を立てて神前に据え、祭事を執り行う。そののち、里人らが太鼓を打ち鳴らしながら船を運び、利根川の流れに投ずる。流れていく先は分からない。その都度違っているようだ。
 『たまたま疫神船が着岸した土地は必ず疫病が流行る』と言い伝えるので、疫神祭の当日はもちろん翌日も、神崎の近辺は利根川の渡し船さえ止めてしまう。当然、川漁も禁じて慎むのだ。

 最近でも、神崎から半里あまり川上の、利根川の支流沿いにある川向という里に疫神船が遡上して着き、その里は疫病が流行して難儀した。
 また、神崎から一里あまり川上に十三間戸という里がある。そこの利根川の河原に漁小屋を造って漁夫を雇い、網漁を営む者がいたが、神崎の疫神祭の日、雇人たちが漁をやめて一日休もうとしたのに、
「神崎はここから一里余りも川下だ。疫神船が上ってくる道理がない」
と言って網を引かせたところ、水中を遡って来た疫神船が網にかかって上がった。その結果、漁小屋の主人をはじめ、十三間戸の人々がみな大厄病に苦しんだ。
あやしい古典文学 No.1985